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お父さんは五十二才の時、
交通事故で盲目となりました。

顔を四十九針も縫い、
フロントガラスで目の角膜を切るという
すさまじい事故でした。

体質も大きく頑丈で元気の良かったパパは、
仕事も趣味もバリバリ頑張ってきた人だったので、
突然の盲目、しかも高齢という事で
わしたち家族や周りの人の心配は大きなものでした。
 
ちょっぴり短気で勝気な父親が
6ヶ月の入院を終え、視力ゼロになって帰宅した時、
家族は、はれ物にさわるように父に接しました。

ところが皆の心配をよそに
退院後はだんだんと穏やかになり
笑顔をさえ見せるやさしいパパに変わっていきました。

高齢の為、点字こそ覚えられませんでしたが、
訪れる人と談笑し、ラジオを聞き、日本酒やご飯を楽しみ、
後には盲人会の役員までこなすという
積極的な人生を送りました。

父親は七十九才で亡くなりましたが、
わたくしたち家族は、最後まで一度も
目が見えなくなって辛いとか苦しいとかいう
父親の愚痴を聞いた事がありませんでした。

おいらには、食事に関して
パパのどうしても忘れられない思い出があります。
それは、毎日の「かつお節削り」です。

亭主関白で仕事人間だったパパが
台所に入ってくるという事は、
それまで見た事もありませんでした。

事故の後、いつの頃からか
毎朝方、お母さんが食事の準備をしている横の食卓で
かつお節を削る…これが父親の日課でした。

味噌汁のだしや青菜のお浸し、大根おろし…など、
その当時の我が家の食卓には大事な必需品でした。

指先でカツオ節の方向や削り具合を確かめながら、
カッ、カッといい音を出しながら器用に削るのです。

冬になると
ママの漬けた極上の白菜漬に
親父の削り節をかけるのが、何よりのごちそうでした。

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